2015年11月12日、狛江市防災センターで、狛江市の平林福祉保健部部長による「公職選挙法と知的障害者への投票支援」と題する講演が行われ、田無手をつなぐ親の会も参加し聴講しました。
東京都知的障害者育成会 第5ブロック研修会 が開催され、狛江市役所福祉保健部の平林浩一部長(写真)から「公職選挙法と知的障害者への投票支援」について説明を受けた。
狛江市役所の平林部長さんは、自治省へ出向し選挙制度審議会に関わり、中選挙区制度から小選挙区制度に変更という平成3年6月の公職選挙法の改正作業に携わった経歴の持ち主。
説明の内容は以下の通り。
テキストとして「狛江市職員向け 選挙の3項集」という投票支援マニュアルを頂いた(写真)。 ※ 3項集とは参考集のこと。
投票支援の必要性
投票支援という課題が生まれた背景は、平成25年5月公職選挙法が改正されて成年被後見人の選挙権が回復した結果、現実問題として、身体障害者、知的障害者、認知症高齢者などが投票するとき、投票所での支援が必要になったことである。
具体的に支援を行う者は投票日に選挙事務を担当する市の職員であるため、そのような職員向けに障害者に対する投票支援策のマニュアルを作成したのが平林さんで、今回の説明もそのマニュアルがテキストであった。
公職選挙法の改正は、だれも能力によって選挙権に制限を受けることはないという憲法に定められた国民主権に基づく措置であり、障害者も、当然、選挙権を行使できるようにするために改正されたものである。 これは同時に投票が困難な障害者のために合理的配慮をもって投票を支援する必要が新たに生じたことになる。
<重要な3つのこと=3項集>
選挙事務従事者(公務員)が障害者をやさしく支援するために必要な次の3点について説明があった。
(1) 障害者を理解すること ― いろんな障害を持った人との投票所での接し方
(2) 知的障害者の選挙権行使のために必要な支援を行うこと
(3) 選挙と投票について正しい知識を持つこと
以下、主だったことがらを記録。
選挙について知っておくべきこと
「選挙」は、民主主義の根幹を担う大切な制度で、5つの原則に支えられている。
① 普通選挙の原則 (財産の有無などで投票権に制限を受けることはない。)
② 平等選挙の原則 (選挙人の選挙権は平等であり、1票の価値は同じである。)
③ 直接選挙の原則 (候補者の中の人を直接選挙する。間接選挙ではない。)
④ 自由選挙の原則 (投票は強制されない。棄権しても責めを受けない。)
⑤ 秘密投票の原則 (誰に投票したか追及を受けない。投票内容は秘密。)
1票の価値は全国の選挙区で同じでなければならないが、実際は最大2.14倍の格差があるなど違憲状態である。
しかし、裁判所は選挙そのものを無効にはしない。その理由は、無効にしても、不平等な区割りを是正する前の公職選挙法で選挙を執行しなければならないので、結果としてイタチごっこになるからである。
1票のコスト、知事選や市長選などの場合は一概には言えないが、国政選挙の場合だと今までの20歳以上の投票の場合、総費用はおよそ600億円。日本の有権者総数は約1億人なので、1票は約600円くらいのコストになる。
選挙権を18才以上に引き下げる法律が平成27年6月19日に公布されたが、この改正公職選挙法の施行日は平成28年6月19日であり、従って、平成28年夏の参議院議員選挙から18歳以上の投票に変わる。地方選挙も同様に6月19日以降に告示される選挙から18才以上に選挙権が与えられる。
世界各国の趨勢はほとんどが18歳以上に選挙権を与えている。日本が今まで20歳以上としていたのは少数派だった。
市議会議員選挙の立候補者には住所制限(市内居住者に限る)があるが、知事や首長には住所制限はない。東京都知事選挙に他府県の居住者が立候補可能。
公職選挙法 … 日本で唯一の選挙に関する法律で、選挙の統一法であり、基本法である。
障害者が ①受付で、補助を頼む、代理投票を頼む、と申告すれば、上の図の④のとおり、2人の補助者が助けてくれる。障害者の家族やその他関係者は補助者になれない。受付での申告は口頭でもメモでも構わない。
投票所の投票事務に従事する人は選挙管理委員会の職員ではない。
地域の世話人であったり、市の職員が従事する。投票所での事務や対応はそういう人たちの判断に委ねられる。
投票所には投票者(選挙人)に障害があるかどうかについての情報はない。
代理投票を行いたいとき(障害者が自分で投票できないとき)は、投票所に行ったらすぐに申告すること。申告を受けた投票所では事務従事者2人が対応する。代理投票補助者2人。案内係の職員が代理投票補助者に選任される場合が多い。このとき、家族など保護者が代理になることはできない。
投票者は指差しなどの方法によって投票したい人を特定する。投票所には立候補者の顔写真はないので、もし、必要なら案内係の席に戻って選挙公報などを見ることができる。投票者は投票したい人の名前をメモして持参することが有効である。
補助者は記載代行も投票代行も行うことができる。選挙人は自分で投票用紙に記載することが原則であるが、例外として代理投票制度がある。代理投票は本人からの申請が必要。口頭、メモで申請が可能である。2名の代理投票補助者が同行支援する。家族等は補助することはできない。
★図は投票支援のイメージです。知的障害者の投票支援については、最寄りの市町村選挙管理委員会にご確認ください。
投票用紙には余分なことは書かないこと。 「他事記載は無効」の原則。
但し、身分、住所、職業を記載することは有効。 ちゃん、君、様は無効であるが、さんは有効である。投票用紙に記載する場所に掲げてある立候補者名のとおりに「氏名だけを記入」するのが良い。
書き間違いは二重線で消せば有効。消しては書き直しなどして、書き過ぎ、消し過ぎになったら、新しい投票用紙に交換してもらうことができる。
文字は日本語で書くこと、という規定は公職選挙法にはない。
従って、判読できるならば、ローマ字も漢字もひらがなもカタカナも有効である。実際に、ロシア文字で書いた投票用紙が読んでもらえたので有効になったという事例がわが国にある。もし、ロシア文字の読める人が開票場所にいなかったら、その投票は無効になっていたというケースである。
期日前投票について
公示の日から投票日の前日まで、期日前投票ができる。一定の日時に市役所の会議室などに集まってもらって期日前投票をしてもらうような呼びかけを考えたい。
知的障害者の投票行動を支援するためには、投票のバリアフリー と 選挙情報のバリアフリー が車の両輪のように必要である。
投票のバリアフリー化は行政が担当して整備しているが、選挙情報(選挙公報、演説会など)のバリアフリー化は親の会などの諸団体に依頼・依存しているのが現状である。
高齢者や歩行困難者には事務従事者の配慮があるが、知的障害者に対しては配慮のないのが現実である。配慮の多様性が必要となってきている。知的障害者には体験投票によって投票所の雰囲気を読んでもらうことが必要である。家族等の同伴は禁止だから。
狛江市では支援カードを整備した。誰でも投票することができるように環境整備を心掛けている。例えば「名簿対照係」というのが正式名称であるが、難解なのでただの「受付」と表示するなど様々な工夫をしている。
選挙情報に関しては、立候補者に対して、分かりやすい演説会をするよう、障害者が聞いて分かるように説明するよう、協力依頼をしている。立候補者も選挙公報などの資料作成にあたっては創意工夫をし、当選後、自分のやろうとする政策を障害者に分かりやすく伝えることが必要である。
立候補者は演説会ではパラパラマンガなどを用意すると分かりやすいかも知れない。市会議員は政党よりも地元向けの政策を訴える地域密着型なので分かりやすくしやすいだろうが、国政選挙の場合は、分かりやすくといっても、分かりやすく作るのはなかなか難しい。候補者が多いか少ないかでも違ってくる。障害者に対する有効な選挙広報は、実は、簡単容易ではない。
立候補予定者の行動(選挙運動・選挙活動)について、選挙期間前か選挙期間中かによって立候補者予定者、立候補者にはそれぞれに制限や規制がかけられている。障害者に対する事前運動について目を光らせることが必要だが、果たして現実にはどうか。理解力の低い障害者に、立候補者や関係者や保護者がその思いや考えを刷り込んで、結果として投票させることができたとしても、その投票を無効にはできない。
立候補者は説明を分かりやすく行うこととし、当選したら何をするのかを説明することに絞るなど、障害者向けの公正な説明が必要である。
選挙管理委員会は、厳しい法律の枠内でできること・できないことがあり、障害者の支援者の思い通りにどこまで応えられるか、選挙における障害者支援のための課題は多い。
障害者の投票支援のためには上の図の通り、行政や当事者・関係者がそれぞれの分野・立場で支援のための準備や協力が不可欠である。障害者に対する合理的配慮である。
(この記事内の一部の画像は講師、平林浩一部長作成の講演会資料より転載させて頂きました。)
参考情報
次のサイトで知的障害者への投票支援についての説明があり、その中に狛江市の取り組みが記載されています。
http://homepage2.nifty.com/hiroya/sennkyokennsienn.html
研修を受けた人たちの感想や意見を狛江市手をつなぐ親の会の森井道子会長より送って頂きました。
感想や意見が今回の研修会の講義内容を理解する上で参考になると考え、ここに転載します。( )内は参加者の所属・位置・立場関係を示す。
(1)研修を受けての感想
・選挙広報誌の活用は良案と感じた。知的障がい者が中身で選べるような支援が
必要と感じた。(行政・福祉部門)
・公選法改正だったので選管対応と思ったが、他部署連携の重要性がわかった
(行政・選管)
・選挙情報のバリアフリーに対する役割分担が参考になった(行政・選管)
・当事者と意見交換をすることの必要性を認識した。(行政・選管)
・演説会の最初は課題が多くあると感じたが、2回目はその課題が解決されて
いたことに感心した。(行政・福祉部門)
・わかりやすい広報は大変参考となった。(行政・福祉分野)
・取組みが十分に理解できた。今後は期日前投票も有効活用していくと良いと
思う(民生委員)
・制度で分からないことが多く驚いた。きちんと意識していく必要があると
感じた。(支援者)
・行政が主体的に動いていることがすばらしいと思った。各々の連携もすばらし
いと思った。(当事者・家族)
・参加前は自分の子どもはどうだろうか、と思いましたが、参考になることが
多くあった。(当事者・家族)
・現場に本人を連れて行かないと行政も変われないと思った(当事者・家族)
・障がいのある方の優先投票などがあるといいと思う(当事者・家族)
・保護者の投票に関する不安事項を聞いてみたい。(町田市・行政・選管)
・公選法の厳しさが少し分かったが、ちょっとした工夫で投票率が増えると感
じた(当事者・家族)
・親の会で取組むことができるということも気付かされた(当事者・家族)
・行政・当事者等・事業所の連携によって前進できるものであることを感じた
(当事者・家族)
・この活動が全国で広がることを願っている(当事者・家族)
・親がやることが多いことに驚いた。今後家庭でも努力していきたいと感じた
(当事者・家族)
・障がい者への支援が具体的に示されていてわかり易かった。(当事者・家族)
・記入時に分からなくなった時に途中からでも支援を受けられるのか知りたい
(当事者・家族)
(2)当事者・家族・支援者向けに今後の期待される工夫や課題等について
・選挙に行こうという気持ちの啓発を支援者等が繰り返し伝えていくことが必要
と感じた(支援者)
・個人では行きにくいが、事業所ごとで期日前に行くなどにより行き易いと感じ
た(当事者・家族)
・大きな字で書く、早口でなくゆっくり話す、などは高齢者にも通じるものが
あると思う(当事者・家族)
・障がいのある方の優先投票などがあるといいと思う(当事者・家族)
・1回の選挙で複数の投票がある場合、一般でも迷うのでその工夫は必要である
と思う(当事者・家族)
・最高裁の投票などは体験や優しいフォローがあると嬉しいと思う(当事者・
家族)
・メモを持たせるということが良いことをはじめて知った。今後活用していき
たい(当事者・家族)
・意思決定支援も含めて、公選法の改正も必要ではないかと感じた。(当事者
・家族)
・奇声や大声を出したときの対応について心配をしている(当事者・家族)
・障がい者に対して遠慮なく投票所に足を運んで欲しいと呼びかけてもらいたい
(当事者・家族)
・支援をしてくれる方がどこにいるか、分かり易く教えてもらいたい(当事者・
家族)
・公選法の改正により18歳以上が対象となるが、教育機関との連携はどのように
行うのか知りたい(当事者・家族)
・当日本人の気分や状況に応じて投票所に行っていたが、期日前に事業所単位で
行くことも考えたい(当事者・家族)
・福祉分野以外の方も巻き込んで実施することが大切と思う(当事者・家族)
・権利行使と意思決定支援の考え方、どちらを優先するのか分からなくなる(当
事者・家族)
・公平さ、合理的配慮は、選挙に関心があり、自発的に自立的に投票したいと
考える本人のためにあると考えたい(当事者・家族)
投票箱には投票口が1つの箱と2つの箱があります。障害者はこれで戸惑うこともあるようです。
障害者には思いやりと投票支援が必要です。
(口が2つあるのは、投票者が殺到した場合に効率的にさばくためです。)